8月22日。
家を出る前の予報は33℃。雨予報ではあったけれど、外はまだ曇りだった。
ただ、とにかく湿度が高い。
外に出た瞬間からまとわりつくような暑さで、「これはそのうち降るな」とは思っていた。
でも、まさかここまで降るとは思っていなかった。
新宿御苑に着いてしばらくすると、雨は一気に強くなった。
傘を叩く音というより、ほとんどシャワー。
ベビーカーにはレインカバーを付けていたけれど、その表面から水が染み出してくるくらいの勢いだった。
そんな雨でも娘はベビーカーの中でぐっすり。
大変なのはこっちだけだ。
歩いているうちに靴の中まで水が入り、久しぶりに「長靴って合理的だったんだな」と子どもの頃を思い出した。
予想以上の土砂降り

思っていた以上の土砂降り。広い園路に、傘を差した人が一人だけいた。
雨宿りできる場所から外を見ると、広い園路に傘を差した人が一人。
普段なら人が行き交う場所なのに、あまりの雨の強さに景色そのものが変わって見えた。
K-1 Mark IIで見ると、暗い木々から雨で白く霞む園路までのつながりが自然に残っている。SIGMA 35mmの広さも、人物を小さく置きながら豪雨の空間そのものを写すのにちょうどよかった。
この日は大きめの折りたたみ傘を持ってきていたのがかなり助かった。
カッパなら両手が空いて楽そうだとも思う。でもカメラまでずぶ濡れになることを考えると、結局は傘が必要になる。
娘はベビーカーで熟睡
こちらは靴の中まで浸水しているのに、娘はベビーカーの中でずっと寝ていた。
レインカバーのおかげで直接雨に打たれることはないけれど、これだけ降ると表面から水がにじんでくる。
それでも起きない。
子どもは本当に強い。
ということで、起こさないようにベビーカーを押しながら、自分は雨で変わった御苑を撮ることにした。
雨宿りしながら見えた景色

雨宿りしながら窓の外を見る。室内の光と、雨の中を歩く人がガラスの上で重なっていた。
屋根のある場所からガラス越しに外を見ると、雨の中を二人が歩いていた。
外の緑、白い傘、黄緑の傘。その上に室内の照明が反射して重なる。
雨の中に立って撮っていたら見えなかった景色だと思う。
ガラスの反射、人物、濡れた緑が何層にも重なっているのに、それぞれが混ざりすぎない。SIGMA 35mmのクリアさがありながら、雨の日らしい柔らかさも残っているように感じる。

真夏の「氷」の旗。その向こうは、前が霞むほどの雨だった。
真夏の「氷」の旗の向こうは、前が霞むほどの大雨。
季節は確かに夏なのに、目の前の景色だけを見ると少し現実感がなくなる。
鮮やかな「氷」の旗と、雨で少し沈んだ緑の差がしっかり残る。K-1の色は派手に押し出すというより、こうした色同士の距離を自然に見せてくれるところが好みだ。
K-1 Mark II+SIGMA 35mm F1.4で残す、雨の日の色
カラーで使ったのは、PENTAX K-1 Mark II+SIGMA 35mm F1.4 DG HSM | Art。
35mmなので、目の前のものだけではなく、その周囲の空間まで一緒に残しやすい。
今回のように雨で景色全体が変わっている日は、この広さがかなり合っていた。

水たまりを見ると、雨粒が落ちるたびに大小の円が重なっていた。
水たまりに雨粒が落ちるたび、波紋が次々に重なっていく。
普段なら通り過ぎるだけの足元も、雨の日は少し違って見える。
細かな波紋はきちんと拾っているのに、水面全体が硬く見えない。SIGMA 35mmの解像感と、K-1のなだらかな階調が同時に感じられる一枚だった。

木陰はほとんど黒。その向こうの芝生だけが、雨の中で明るく見えた。
木陰はほとんど黒。その向こうの芝生だけが雨の中で明るく浮いていた。
濡れた地面の反射も含めて、晴れの日にはない奥行きがある。
かなり暗い手前から明るい芝生まで入っているのに、黒を潰し切らず奥行きが残る。こういう大きな明暗差では、K-1 Mark IIの階調の余裕を感じやすい。

強い雨で遠景まで霞み、御苑の向こうにある街まで輪郭が薄くなっていた。
広い芝生の向こうには、新宿の建物が雨で薄く霞んでいた。
御苑の中にいると都市の真ん中にいることを忘れることがあるけれど、こういう瞬間にふと新宿だったことを思い出す。
雨で遠景のコントラストが落ちても、手前から奥まで緑の濃度が少しずつ変わって見える。K-1はこういう派手ではない色と階調のつながりが、自分には自然に感じる。
K-3 Mark III Monochrome+DA20-40 Limitedへ
途中からカメラをPENTAX K-3 Mark III Monochrome+HD PENTAX-DA 20-40mmF2.8-4ED Limited DC WRに持ち替えた。
この組み合わせが雨の日に便利なのは、ボディもレンズも防塵・防滴を意識した設計であること。
もちろん濡らさないに越したことはないけれど、悪天候で必要以上に機材を気にせず撮れるのは大きい。
しかも20-40mmはAPS-Cで約30〜60mm相当。立てる場所が限られる雨の日でも、少し広く見たり、遠くの人物へ寄ったりできる。
色をなくすと、雨そのものを見るようになる

色がなくなると、濡れた道の明るさと、雨の中にいる人の小ささが強く見えてくる。
Monochromeに持ち替えると、同じ雨の御苑なのに見るものが変わった。
緑の濃さより、濡れた路面の白さ、雨筋、傘を差した人の小ささに目が向く。
濡れた路面の白、木々の黒、その間のグレーが細かく残るので、雨の強さだけでなく空気の厚みまで見えるような気がする。K-3 Mark III Monochromeらしさを感じる場面だった。

手前はほとんど暗闇。雨で白く霞む道の先に、傘だけが浮かんで見えた。
手前はほとんど暗闇で、道の先だけが雨で白く霞んでいた。
その中に傘の人物が一人いる。
色がないことで、距離そのものが強く見える。
黒を深く残しても、手前の道や木の中にはまだ階調がある。暗部を大きく使った写真でも黒一色にならず、奥へつながっていくところがMonochromeの面白さだと思う。

木の足元に溜まった水。色がなくなると、木の黒と水面の白だけが残った。
木の足元に溜まった水。
黒い幹と白く反射する水面だけになると、雨で変わった形がよく分かる。
木の表面、水面、草が色ではなくグレーの違いだけで分かれていく。DA20-40 Limitedの細かな質感描写にも、カラーのとき以上に目が向いた。

カラーでも撮った雨粒。モノクロになると、ほとんど線と濃淡だけの景色になる。
カラーでも撮った雨粒の波紋。
モノクロでは、ほとんど線と濃淡だけの景色になる。
波紋の細い線はしっかり出る一方で、水面のグレーはなだらかに残る。雨粒そのものの形を見たい場面では、モノクロ専用機の描写がよく合う。

暗い木々の向こう側だけが雨で白く霞む。こういう光景はモノクロで見たくなる。
暗い木々の向こう側だけが、雨で白く霞んでいた。
こういう景色を見ると、Monochromeを持ってきてよかったと思う。
手前の深い黒から、雨で白く霞む奥までのグラデーションがきれいに残る。コントラストを強く見せるより、中間調を残したモノクロの方が自分の好みには合っている。

色をなくすと、広い芝生よりも、雨によって消えかけた遠景の方に目が向いた。
最後は広い芝生と、雨に消えかけた遠景。
カラーでは緑の広さを感じた場所なのに、モノクロでは距離と空気の濃さの方が印象に残った。
遠くへ行くほど輪郭が少しずつ消えていく様子が、色ではなく濃度だけで見えてくる。DA20-40 Limitedはこういう広い景色でも細部を残しつつ、雨の空気感を邪魔しないのが使いやすい。
カッパか、傘か
これだけ雨が強いと、さすがにカッパの方が動きやすいだろうなと思った。
ベビーカーを押すにも両手が使える。
ただ、カメラを持って歩くとなると話は別。
防塵・防滴の機材でも、ずっとシャワーのような雨を浴びせ続けたいわけではない。
結局、自分には大きめの傘+防滴のカメラという組み合わせが一番安心なのかもしれない。
雨の日だから見えた御苑
靴の中まで濡れて、湿度も高く、快適な散歩だったとは言いにくい。
それでも写真を見返すと、晴れていたら撮らなかったものばかりだった。
水たまりに広がる波紋。
真っ黒になった木の幹。
雨の向こうで霞む人や建物。
濡れた地面だけが拾う光。
雨だから出かけるのをやめる、という選択ももちろんある。
でもカメラを持っていると、「今日はいつもと違って見えるかもしれない」と思える。
娘はその間ずっとベビーカーで寝ていたけれど、それも含めて8月22日の新宿御苑の記憶になった。
この記事で使ったカメラ・レンズ
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